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水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

2016年さようなら、ありがとう

随想

  2016年大晦日、間もなく紅白歌合戦が始まる時間、残り少なくなってきました。今年もいろいろありました。退職して2年、まだ時間の計画的過ごし方が十分ではないのですが、年の最後に恒例の10大ニュースを月日の流れに沿って始めてみます。

1月:正月は毎年、初詣をしてきました。2016年も早朝に家を出て日枝神社明治神宮を巡り帰宅、家族そろって雑煮で新年を祝いました。

 健康で過ごすことが第一で、そのため新年早々に人間ドックで健康診断を受けました。多少の問題はあったものの経過観察で終了。

 近所の知人の関係者が上野国立博物館平成館での写真展(昔の中国の橋梁建造物)に参加・展示されており、その鑑賞と合わせ、本館での「秦の始皇帝兵馬俑」の展覧会を鑑賞しました。西安まで見に行けないし、行けるとしてもいつ行けるか分からない歳であれば、規模は小さくても雰囲気と実物を身近に見れるので出かけてみました。良かったのですが、本物を現地・本場で見たくなりました。

 1月の28日は近くの麻生不動尊の達磨市、関東の閉め達磨市で有名で毎年恒例、ダルマを買いました。

2月:日大生物資源科学部の新2号館屋上を「環境配慮と学生の休憩・休息」のために緑化し利活用することになりました。ところが、建物は完成しても緑化はなかなか進まず、低木類の植栽適期の冬が終わりそうになって来て慌てる始末。植栽計画を描いたので植栽施工には殊の外、細部まで気にかかり植栽施工の現場立会いをしました。思い描いた植物が入っておらず駄目出しも修正効かずでした。

3月:長く温めていた霊場札所巡り、昔からの知人秋山寛氏(元タム研)が秩父霊場巡りを満願成就しました、という話を聞いていたので、自分もいつかやってみたいと考えていました。3日~5日まで2泊3日で実行(この内容はブログに掲載済)、秩父霊場は札所が34ヵ寺あり1回で全部を巡るのは困難なため、歩いて回れる寺を札所順に沿って参拝しました。小春日和の天候にも恵まれ暖かな秩父路を歩き、28/34寺でご朱印を頂き、残りを2回目(市内から離れた寺)に回しました。

4月:高等学校と大学院の同窓会、身内の結婚式がありましたが、高校は郷里岐阜県大垣市、結婚式も郷里のため、大学院時代の同窓会はやむなく欠席しました。高校も中学も団塊の世代前(昭和19年生)で少ないとはいえ同学年が250人余り、クラスでは旧友もいますが、全体の同窓会ともなると旧友も少なく今一つ盛り上がらない会となりました。

 4月の下旬は5月の連休がいつも話題になります。日本では休暇がドイツのように2-3週間程長く取れず、しかも皆同時に休みとなるため大変混雑してしまいます。退職して年金族となりましたが、社会の休暇週刊はどこも混雑するため、早めと遅めに移動することとして、北海道への旅を27日から始めました(ブログに掲載済)。

5月:上旬は北海道、根室を起点に道東を巡りました。知床では時期外れの雪に見舞われ驚きましたが、早春の花の多い湿原の景観を楽しみました。

日大生物資源科学部には外部研修施設として「富士自然教育センター」があります。ここの書庫に縁あって「吉永義信先生の書籍、写真原版など」を頂くことになり、その分類・記録・整理を急ぎました。他にできる人がいないために学部と私がかって出ました。写真のガラス原版は大変貴重なもので、多くの日本庭園の戦前の姿が写されています。いずれ日本造園学会にも情報提供する予定です。

6月:先月に続き吉永資料の分類、記録、整理をしました。

7月:夏、古希を過ぎた年齢でも同窓会は、懐かしさが先に立って楽しみです。中学校の同窓会、以前の高校のそれと同様で同じ級の旧友を中心に昔話と今の過ごし方に話題が集中し話に花が咲きました。

8月:郷里へ帰省し、旧家の庭の手入れに精を出した月になりました。父が存命の頃はすべて自分で垣根刈や植え込みの整枝・剪定をしていましたが、父亡き後、面倒を見る手が無くなり、私が助っ人として頼まれ参加し手入れをしました。植木の数と垣根の長さや高さが半端でなく、歳を感じる2週間となりました。

9月:2年前に他界した育ての母(義母=実母の姉)の3回忌のため、再び岐阜行。高速道路片道340kmを車で一人、運転して帰るのは大変になりました。以前は1回位の休憩で辿りつきましたが、今は最低2回は休まなければ辿りつきません。大変です。

 岐阜から戻ってすぐに2回目の北海道行を敢行しました。今回は12日間、前半の半分は道央の観光地(摩周湖洞爺湖、網走と知床五湖)を巡り、後半は家内の姉を訪ね、民宿の庭を整備してきました(ブログに掲載済)。これまたお疲れでした。

 

10月:大学在職の最終時期は学部運営にかかわり執行部の一員として他の先生方と共に頑張りました。退職後、その旧知の先生方も私同様に退職され慰労会が企画され参加しました。懐かしく楽しいひと時を過ごすことができました。

 月末からの学部祭にも参加して研究室の卒業生達と旧交を温め、現職の先生や職員の人たちと歓談できたのも嬉しいことでした。また、検討を重ねてきたブログを始めてみました。

11月:2回目の人間ドック、私学共済の延長が切れるため、有効期限の切れる直前に実施しました。夏から忙しさのためにやや体調を崩し気味だったこともあり、タイミング的に良く、結果も大きな問題がなかったので一安心です。

12月:いつものことながらドイツの友人家族にクリスマスカードを出さなければ、という重大案件と年賀状の絵柄造りが重要になります。今年は年賀状の絵柄はすんなりと決まり印刷に回せましたが、カードの方は遂にクリスマスを過ぎてしまい、新年の挨拶だけになってしまい、カードに変わるメール便となりました(反省)。

 

あと、4時間足らずで2016年ともおさらばです。まあまあ良い年であったと思います。学・協会から栄誉ある賞(上原敬二賞、北村徳太郎賞)を戴くことが出来たことは、永年務めてきた職業との関係から言えば最も重大なニュースであると言えます。多くの方々に支えられここまで来れたこと、望外の喜びです。卒業生の皆さんと共に喜びたいと思います。来る年もまた良い年でありますようにと祈るばかりです。