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水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

カンボジア見聞記・No.2

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最初のアンコール遺跡見学は大変盛りだくさんになりました。No.1で書きました通り日曜日に当たった見学初日、内外の観光客や市民のレクリエーションもあって朝からアンコール・ワットは大混雑でした。観光客は事前に入場許可証を入手しなければなりません。案内役の人からアンコール遺跡を短期間に入念に見て回ることは難しいと言われ、少なくともシェムリアップ市周辺に数ある遺跡を見て回るには3日券は必要となりました(62$/人)。最初の見学遺跡はNo.1に示した通り、市内から40km北にあるバンティアイ・スレイ、続いてバンティアイ・クデェイでした。昼食後バンティアイ・クデェイ近くにある別の遺跡で巨大なガジュマル(の仲間)の巨木が遺跡に覆いかぶさるように生育しているタ・プロム(Ta Prohm)遺跡を見学しました。1186年ジャヤバルマン7世により母の菩提寺として建てられた仏教寺院で、敷地規模は東西1km、南北650m、伽藍はほかの遺跡と類似していて四方を回廊で囲まれ、中に祠堂や経蔵などが建て込んでいます。巡回路に沿って巡ると随所に巨木の根(巨大で回廊や柱壁を包み呑みこむような形)が目立ち、そのスケールと自然の驚異に息を呑むばかりでした。SF映画に出てくる想像を絶する光景で現実の物と理解するのに時間が懸りました。

 1192年、日本では源頼朝が鎌倉に幕府を開いた年に当たります。この同じ頃にこの遺跡寺院ができ、以後長い時間が経過して現在の姿があると思うと何か考えさせられます。使われていない寺院と使われている寺院が国や宗教が異なるものの同じ地球上で異なる運命にあるのは大変興味ある視点です。

 通常の観光コースでは、最初にアンコール・ワットを見た後に他の遺跡を見学するコース取りになっています。しかしこの日は日曜日、余りの混み方に考えを変え、普通と逆のコースを取り午後遅くから見学しました。アンコール・ワットはアンコール遺跡群の中心で12世紀前半、スーリャバルマン2世により30年かけて建てられた西を正門としたヒンズー教寺院で、伽藍がきちっと残り3重の回廊に囲まれ、5つの祠堂が聳えています。境内は外周が東西1500m、南北1300m、幅190mの堀に囲まれ、入口は西に在り12m幅の参道の陸橋両側は聖池、その奥に三重の回廊と5つの堂宇からなっていました。砂岩と赤色のラテライトからなる壮大な寺院で世界文化遺産に相応しいスケールと美しさでした。

午後遅くでしたが来訪者は依然として多く、最も中心にある第3回廊(1辺が60m)の中の中央祠堂(高さ65m)へは入場制限(出入口が一つだけで13mの急階段)があり、また公開時間が17時と迫っているにも拘わらず大変多くの人が長蛇の列で並んでいましたので、この塔への入場をあきらめ第3回廊の広場で周りの建物に見入っていました。

 入場制限の午後5時近くになり、日は西に傾きましたが、「夕日に映える寺院」の景観が一つの売りでもあって夕日の景を撮ろうとする人で立ち去る人は少ない状況でした。名残惜しかったのですが日没後の渋滞を避けるために少し早めに市内へ戻りました。その道すがら地平線に落ちていく真っ赤な夕日の美しさ、くっきりとした赤い太陽と茜雲の空の美しさに見とれて、この日は終演となりました。