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水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

東海道五十三次 今・昔 その三

3月23日(木)曇り、3回目の旧東海道歩きになります。例によって早朝6時に自宅を出発、前回の終着点神奈川宿に向かいました。小田急線、横浜線でJR東神奈川駅に出、京急仲木戸駅前を通り旧東海道で前回のポイントに立ち、スタート。その二の最後でも書いた通り、このあたりから台地の崖(高さ20-25m)が道近くまで迫っています。しばらく国道を歩き、青木本陣跡から先は昔の通りの残る、現在の宮前商店街が旧道で、神奈川宿を出ると少しずつ坂が出始めました。松原商店街を抜け帷子川を渡り相鉄線天王町駅を越えた先には多くの寺院が崖下にあり、保土ヶ谷宿になります(JR保土ヶ谷駅周辺)。刈部本陣跡、脇本陣跡で西に折れ台地の谷筋に入りました。保土ヶ谷の一里塚は日本橋より八里目で、この先が有名な権太坂で丘陵台地の上に上がる坂道でした。この場所は現在は高速道路の合流点(首都高、保土ヶ谷バイパス、国道1,16号)で、旧東海道谷戸頂部の尾根にあり、権太坂を下りさらに焼餅坂、品濃坂を上り下りし品濃一里塚でお昼にし持参のサンドウィッチを食べました。その先旧東海道国道1号線に重なったり外れたりし舞岡川、柏尾川を渡って戸塚宿に入りました。保土ヶ谷宿~戸塚宿間は9.2km、2里9町、神奈川宿を出てから休みを含め4時間を要しました。

 戸塚の本陣、脇本陣を見て明治天皇東幸碑のある八坂神社で小休止、富塚八幡にお参りし、また歩き続けました。この先は現在は国道の歩道、途中にはお軽勘平道行の碑がある程度で横浜市郊外の丘陵地の単調な道筋です。原宿、影取を過ぎ、再び旧道となりかっての松並木跡(今は数本しかない)の碑をみて県道30号線を下ると遊行寺でした。境川に懸かる赤橋(遊行寺橋)高札場で藤沢宿(広重の絵の遊行寺)となりました。藤沢の宿場街並みをそぞろ歩き、小田急線の藤沢本町駅(伊勢山橋の袂)でこの日の街道歩きを終わりました。戸塚宿から8km、二里で到着は14時半になっていました。この日の歩行距離は23km、歩数では37,000歩になっていました。