水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

展覧会巡り  5

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 前に「展覧会巡り 1」で雪舟等伯水墨画展について書きました。日本文化の多くが中国の影響を受けていますが水墨画も同様、宋、明時代(日本で室町時代)に発達した禅宗や中国の墨画との繋がりが深く牧谿や夏珪、周文、刑浩の名が知られています。矢代幸雄水墨画(1969)岩波新書)は「水墨画は東洋絵画の精粋である。それは東洋に特有なる材料および技術に成り、そのあらわすところは、東洋人に独特なる感覚および心境である」とあり、「絵画としてはなやかなる自然美の世界よりもう一つ奥の世界、すなわち精神の世界」であると述べています。そして「色彩、線および明暗濃淡の調子の三要素からなる芸術的性質からみて、水墨画は色彩から離脱し、線と明暗の調子とを大いに発達させて、それらにすべての精神的含蓄を託したところの、特殊なる絵画形式」であるとしています。しかも他の優れた絵画(大和絵や浮世絵など)と比較してその精神性の重要性を強調し水墨画を評価しています。少し長いですが引用してみます。

 「墨画の技術の背景に、心構えの問題があった。老蒼にして質実なる墨色を好むほどの人は、精神家として、しっかりした性格や信念を有する人間である場合が多く、このことは、墨画が主として禅門に育ち、また禅的修行によって精神の鍛練を心の願いとして持っていた武人たちによって好まれ、優れたる水墨画家のうちには、多数の禅僧、或いはその他の仏教者、さらに武士、或いは剣道家、等々が見いだされることによっても、この間の実情は、推測に難くない」(引用:1)

 水墨画は「眼前なる関心事は、眼前の実景を描写するよりも、否、描写するつもりでありながら、山というもの、樹というもの、水というもの、等々の、原初に戻ったような原型、或いは典型、を探求し、それによって、それぞれの本質的様相を把握せんとする努力に、いつの間にか推移転移する」とあります。(引用:2)  

 

 今回の博物館の新しい試み(綴プロジェクト;文化財未来継承プロジェクト)として、 ①超精密最新技術による絵画の復元(キャノン高精細復元技術;キャノンのカラーマッチングとインクジェットプリンター技術)、②海外に渡った名画の復製(フリーア美術館所蔵名画)、があり、更に③新しい絵画展示の試み、があると思います。

 ①については撮影機器、印刷機材・技術・機械、さらに修復・再現技術と素材があり、このプロジェクトが既に2007年から進められ2012年までに実現され、俵屋宗達の国宝「風神雷神図屏風」を始め名画が作製されています。②については門外不出とされているフーリア美術館所有の名画;尾形光琳「群鶴図屏風」、菱川師宣「江戸風俗図屏風」、俵屋宗達「松島図屏風」など国宝級の名画を複製し、日本の美術館や寺院に収められています。③については、単なる絵画や屏風などを作品だけとして展示するこれまでの手法から、新技術や応用技術を使った立体的、感覚的(視覚・聴覚・臭覚)鑑賞方法を試みていました。

 上野国立博物館(本館;特別4,5室)において、長谷川等伯の「松林図屏風」;二曲六双二面と尾形光琳の「群鶴図屏風」;二曲六双二面を使っての展示でした。

 5室では、松林のアロマの香り、波や松籟の音、吊る下がった薄衣布に映る等伯の松、を演出した入り口部、半円形のスクリーンに映し出される墨絵風四季の景観動画、海の波上から松林を抜け移動する景(ドローンの映像風)、そして等伯の屏風絵と重なる画面で終わりました(5分ほど)。動画に気を取られ肝心の等伯の屏風絵には殆ど注意が行きません。屏風絵は衝立でしかなく名画鑑賞というより絵画を使った見世物、と言った方が良いでしょう。

 4室ではL字型の部屋のレイアウトで再生復元された光琳の群鶴図屏風(二面)を袖において、その鶴に似た姿・形の鶴の飛翔群舞が映像で壁面に映し出される仕掛けでした。

矢代の引用:2にある、絵画の奥の世界、色や形から超越した心象、心情など精神的な在り様を、鑑賞者が各自に持つことが絵画鑑賞の本質であるなら、この企画は十分な効果を出すかどうかは疑問でしょう。新しい展示法や鑑賞形を否定するものでもありません。否、高精細技術は大変重要な価値ある技術であり、その応用領域・範囲は計り知れません。また、復元に関連する歴史的伝統技術の維持、保護に役立つことは必定です。

 

 しかし、それでもあらゆる歴史的文化財(特に水墨画)の公開展示で、形(絵)の中に「静」を表し、鑑賞者の心に「動」、「考」を求めるとしたら、「絵・作品」と対峙し、凝視し、静かに熟考・推考すべき場が求められるべきであると感じました。 

 

 矢代は、水墨画で描く対象を具体的に表すうえで「墨、絹・紙、筆」の重要性を挙げています。同時に「書」と「水墨」・「水墨画」の関連を「滲み」や「暈し」に見出し「心象・心情」の表現に迫っています。この本「水墨画;初版」を院生時代に買い読みましたが難解な文章表現もあり、十分に理解できませんでしたが、今、70を越える歳になりやっと理解できそうな気がします。これまで忙しくて読み返す暇もなく積読になっていた「本」を読み、新しく考える機会が持てる時代(終戦後72年)に感謝の心境です。