水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

海外雑誌での研究 9-1

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ドイツ、ノルトランウエストワーレン州の機関紙「Natur in NRW」2020年,3号が送られてきました。

第3号の内容は、以下の通りです(原文転記)

1)Mahdgutuebertragung zur Entwicklung artenreicher Wiesen

2)Artenreiche Flachlandmaehwiesen im Kreis Hoexter entwickelt

3)Gruenland-Renaturierungen mit autochthonem Spendermaterial in Luxemburg

4)Gesundheitszustand des Europaeischen Aals in den Fliessgewaessern N.W

5)Insektensterben - auch in unseren Fluessen und Baechen

6)Das Quellenkataster NRW

 

 牧草地(刈り取り牧野と放牧牧野)の野生草種保護や保全のための施策(刈り取った草の敷設)についての情報交換、ヒュークスター郡における多様な野生草の牧草地、ルクセンブルクにおける在来野生草種を利用した放牧牧野の野生草再生事例が1)~3)です。

 ●牧野の多いNRW州北部(ルール川より北部・ミュンスターランド平坦地)やNRW州以北の州(ニーダーザクセン州、シュレスビッヒ・ホルスタイン州など、あるいはバイエルン州の中山間地)には牧草地が多く、それだけ草地における生物多様性の重要性が取り上げられ、これまでにいろいろ対応が考えられてきています。特に農業と環境保全の施策の中で、牧草地や耕作畑における野生の希少種、郷土種保全・再生については、既に1980年代からEU欧州議会)などで取り上げられ、対応が計られて来ています。現在も農村景観や自然保護に対するいろいろな施策は着実に事例調査や研究の事業化が進められています(この雑誌の報告でも取り上げています)。(勝野記)  

 4)はNRW州の河川におけるヨーロッパウナギの生息状況、5)は身近な河川や小川における水辺昆虫の消失、6)はNRW州における水源地分析 の報告で水環境と生き物に関する報告です。

 

この(9-1)報告では上記の調査報告の1)~3)までについて、その概略を書くことにします。

 

1)野生種を含め多様な種のある牧草地再生のための刈取草敷設について

 (Mahdgutuebertragung zur Entwicklung artenreicher Wiesen)

     著者:Saskia Helm,   (自然・環境保護アカデミー(NUA)

     問い合わせ先:   saskia.helm@nua.nrw.de

 2009年、アカデミーと州政府(NRW州自然・環境・消費者保護省;LANUV)は種の貧化した牧草地を改善し多様な野生種の牧草地に変えるべき可能性を公表し、最初の刈り取り草敷設に関する専門家会議(100名ほど参加)を開きました。それから10年、多くの事例(プロジェクト)を通してその意義と効果が示されています。2019年10月にはNRW、これまで各種の事例に参加し実績を積み重ねてきたNRW州や隣接自治体の実務者や研究者(実際に仕事を進めてきた人たち)が集まり実験・研究事例の情報交換集会を行いました。これはその報告です。

  この報告では、初めに昨年の専門家集会(1)について、次いでNRW州ホクスター郡(Kreis Hoexter)の事例(2)、Luxemburgにおける事例(3)の3件が報告されています。

1)の報告では、「刈り取り草敷設」事業には、いろいろ異なる立地の牧草地タイプが重要で問題になります。集会の焦点は、立地選定、土壌(場所)の準備、使用機械設置さらには事業実施のために関係する諸要因の指針にありました。参加者は生物学ステーション、自然保護部局、農業および計画事務所の人、以前に自然保護局で働いていた関係者などです。

    T.Schiffgens氏(LANUV)は、FFH-生息域タイプ6510、6520ではよくない結果が示されている(2019年報告)とし、EU報告でもドイツのFFH-生息域タイプでの劣化が進んでいると報告しています。LANUVでは2011年から刈り取り草敷設方式が取られ、専門分野システム(FIS),Fachinformationssystem にインターネットで公表され、刈草試験地(Spenderflaeche)に適合する候補地が地図に示されています。再自然化(野生在来種による改良)には、①自然侵入、②刈草敷設、③地区生育種ー自然空間単位(Naturraum)構成種の種子活用の方法が示されています。また、この報告での課題として、敷設地土壌の在り方、刈り取り草確保、事業実施での事業主体や協同事業組織化、種子確保(在来種から地域種まで)の各種手法の確立などが挙げられています。また、法律や規定との関係を検討する必要があると指摘しています。 

 

2)ヘクスター郡;Hoezterにおける多様な野生種のある平地刈り取り牧草地について 

 (Artenreiche Flachlandmaehwiesen im Kreis Hoexter entwickelt)

 著者:Dr.Winfried Tuerk教授:Technische Hochshule Ostwestfalen-Lippe 

 専門分野;植生学研究室  Hoexter

 問い合わせ先:   winfried.tuerk@th-owl.de  

 2)の報告は、リッペ東部ウエストファーレン技術工科大学(Technischen Hochschule Ostwestfalen Lippe)が2012-2017年の間に行ったLIFE-プロジェクト=石灰岩土壌における種の多様性(Vielfalt auf Kalk, LIFE-Projekt)についてのものです。

刈り取り草敷設についての3つの異なった手法と伝統的な手法についての報告で、

 ★畑地を種の多様性ある牧草地に変更する ★種の貧弱な牧草地を適切な種を用い目標とする牧草地へ移行する ★試験地における効果を長期的に持続させる 

上記★を目的とし、手法の開発、実用的な技法の開発がプロジェクトの目指す所です。

 この事業の流れでは、適応する地区選定とFFH-生息域タイプ6510で野生草種が豊かな刈り取り牧草地に対する各種の手法が試験され、経過を見ながら修正されます。

実際には、①畑地における刈り取り草敷設 ②既存の牧草地にロータリー式刈り取り機で試験区(窓枠状)を設置 ③目標種の手作業による侵入種 について永続調査地でモニタリングが行われ、全出現種が調査されています。

 選ばれた試験区での種の拡大、増大には以下のような基準が示されています。

 ★試験区は基本的に平坦で土壌も特徴づけられている(Rendzina-Braunerde)

   ★潜在的な肥沃度は低いこと さらに、

 ★草種の刈り取り、刈草の搬出さらに餌料として利用が行われている

地形図、土壌図に基づいて7か所、31haの適地が上記条件に合わせて選ばれ、うち、ここでは3か所における3つの手法の8年間(8年目)の結果を報告しています。

①Muehlenbergにおける刈り取り草敷設

Ottbergen近くの石灰岩土壌痩地草地(FFH地域Muehlennberg)の試験地は乾燥地土壌(Renzina-Braueerde)で2010年まで畑地として利用され、以後放置され種の貧弱な放棄草地であったが、2012年7月初め草刈が実施され刈草はそのまま置かれた。同じ場所は機械を入れ刈り取られ隣接する試験地にも刈草が運ばれ、人力で均等に敷設された。刈草は厚さ5cmで敷かれ14日間刈草は天地返しが行われた。その結果、野生サルビア等が生育し野生種が出現した。

②既存の牧草地にロータリー式刈り取り機で試験区(窓枠状)を設置 

 場所はWarburgで土地の土壌条件は①に同じ、牧草地では比較的種として良好、機械は庭づくりに使うものでロータリー式刈り取り機(1人用)、10-15個の試験区(窓枠状)を造成。数か月乾燥、土壌中に空気を送りいれた。播種・覆土は人力で、潅水はしていない。この結果はすこぶる良く野生種の出現も良い。数年間牧野マーガレット(Wiesen-Margerite)が繁茂し、1-2年間、野生草の種子結実も良かった。乾燥年の2018-2019年でも良好であった。

③目標種の手作業による侵入種

 パッチ状による手法は、FFH地域(Hellberg-Schffelberg)で良い結果を出した。ここは以前は畑地、以後放棄地で土壌は石灰岩系赤色粘土、乾燥し年1回6月に刈り取り、以後羊を放牧。野生草再生のため道具(鍬やレーキ・ホー)を使用し1㎡の試験区を設け野生草種を播種。潅水は無し。数年で試験区は分からなくなり②の手法の野生種が出現。

 

これらの試験を通じて全体的に良好、いずれの手法(刈草敷設、窓枠式、手作業法)も効果があり野生種再生において、将来的に早期復元、採算性などから妥当だと考えられる、と報告しています。

 

3)ルクセンブルクにおける在来野生草種を利用した放牧牧野の再生について

  Gruenland-Renaturierungen mit autochthonem Spendermaterial in Luxemburg 

   著者:Dr. Simone Schneider (自然保護団体;Naturschutzsyndikat SICONA)

   問い合わせ先:  simone. schneider@sicona.lu

  3)では、ルクセンブルクにおける15年にわたる牧草地の野生種導入による自然種で構成された草地復元の事例報告です。

 ルクセンブルクでは現在、牧草地の1/4しか自然保護対象になっていません。牧草地全面積の僅か4%(2,900ha)しかFFH生息域タイプ(FFH-Lebensraumtype)6510の平坦地牧草地になっていません。牧草地構成種の55%が危機に瀕し、うちルクセンブルク国内の絶滅危惧種(植物)の26%が牧草地に生育しています。この自然保護対象の牧草地の情報は図化され、コンピューターデーターになっています。この価値ある牧草地生息域(Gruenlandlebensraeume)は昨年来、重要とされ、i再自然化(復元・再生)されることとなりました。ビオトープ保護計画では粗放化、自然再生(Renaturierung, Ansiedlung)が指針となっています。第2次国立自然保護計画(Zweiten Nationalen Naturschutzplan)で6,000haが対象となっています。用地は関係自治体や団体(SICONA)が参加、公的支援もされています。昨年、2つの欧州Lifeプロジェクト(europaeischen LIFE-Projekten)で100haが確保され再自然化、2017年から12haで野生種のタネ採取が行われ自然再生と合わせて牧草地草種の地域性、遺伝子特性も調べられました。

 再自然化の事業に当たっては、①試験地の現況調査(立地調査)、②再自然化事業の選定(面積と形状)、③採種試験地(Spenderflaeche)の選択、④再生試験地(Empfaengerflaeche)の耕作、⑤刈り取り草敷設方法、牧野草種の採取、播種法、⑥自然再生と維持管理のコントロール、⑦再生試験地のモニタリング、⑧危惧種の播種 が段階的に行われます。

 

 他には、再生試験地に関する立地調査、再自然化手法の選択、採取試験地の選定、再生試験地での播種事前作業(耕起・均平など;10cm深)、刈り取り草の敷設、採種地での採取、採取した種の播種(10-20g/㎡)、播種後の維持管理・モニタリング、希少種の再出現  などについて報告されています。

 

 ●私の私見(勝野)

 このような牧野における危機に瀕した、消失の危険がある野生種の保護、復元再生についての調査・実験・試験研究は、欧州の農業景観を構成する牧草地(山間の傾斜地から北部平坦地まで)が、いかに広大な面積におよび、しかもこれまで多くの野生種を消失、危機に陥れてきたかの認識が広がっていることによります。

農業政策の一環として、すでにEU国では種保護、生育地・生息地の保護あるいは種並びに自然復元・再生(果ては農村景観・文化景観の保全まで)が避けて通れない重要な問題になっており、そのための調査、実験が長く(1980年以降),着実に進められてきていることを表しています。

 諸計画は、着実、堅実かつ科学的な実証的調査研究を下に作られ、時間をかけて実行、実践していくことが重要です。ともすると計画だけが作られ、掛声だけが掛けられ机の下に置かれてしまう現実が多い日本では考えさせられる課題です。

 牧草地景観は日本には余りありませんが、欧州では同じスタンスで、畑地における野生草種や動物の種保護、保全、自然再生(ビオトープ保護)の具体的事業が進められてきています(例えば畑の縁辺部や果樹園の樹下における野生種保護・再生など)。水田景観が主の我が国でも「里山景観・自然」の保護・保全が叫ばれています。ヨーロッパの現状を理解し考えることも重要であると思います。