水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

大阪北部地震 ・ 緑ありせば

 同じ歳の子供を身内に持つ人間としてあまりに惨い、辛い、悲しすぎるニュースです。数日前の平成30年6月18日早朝(7:58)大阪北部を震源とする地震があり通勤、通学時に大きな影響を与え、同時に社会的インフラの広域的被害により日常生活がマヒする事態になっています。中でも交通機関のマヒと建造物等の倒壊による死亡事故は、数は少ないとはいえ悲しいニュースでした。

 特に、小学校通学時間と重なって起こった高槻市寿栄小学校プール脇のブロック塀倒壊による児童の圧死事故は、突然で例えようもなく悲惨で悲しい結果になってしまいました。2m弱の基礎部分の上に1.6mのブロック塀が積み上げられた構造となっており、強い横揺れにより積み上げ部が道路に倒壊、たまたま早出して通学途中だった4年生少女の上に倒れ落ち下敷きになって亡くなってしまいました。

 

 われわれ(私も緑の整備を主張する造園家の一人として造園緑地家として、これまでにも社会的インフラ整備に緑の役割の重要性を強く喚起してきました。特に阪神淡路大震災時(1995)には日本造園学会で特別調査団が組織され、詳細且つ建設的な報告・提言がなされています。街路樹や生垣、緑の塊(空間や線・点)が都市災害時において大きな役割を担っていることを明らかにしました。

 また、快適な都市空間の整備、省エネや緑環境・生き物・生態系に配慮した施策として、特に公共空間の緑の整備を推し進めることを、ドイツの事例を参考に紹介されてきました。これらの災害時よりも前から、都市内における接道部の緑の重要性も指摘され各自治体の「緑の基本計画」に反映させるよう進められてきています。

 

 今回の事故現場で、この指摘に合わせ、もっと早く(3年前に指摘されたとの報道あり)適切に対応が図られていたなら、この悲惨で悲しい事故は起こらなかったでしょう(例えば生垣整備;事実、崩れたブロック塀の隣に植え込みの植栽がされている)。

 プール利用時の生徒の姿を隠すため(?)なら生垣でも十分でしょうし、子供たちの手で苗木を植栽し育て管理し、緑のあるプールとして作られていたとすれば、いろいろな意味で効果の大きな緑になっていただろうと想像するのは私だけでしょうか。

 接道部の緑化は街路の見透し景観での「緑」の充実として意味があり、時に防風・防塵・防火的役割も併せ持つものです。学校校内で樹木の小さな苗木を植え、育て、管理するのも教育・指導の一部で、その場所が地域の緑の塊(杜)になっていくのではないかと考えます。同じような視点で、地震直後(6月19日)の読売新聞「編集手帳」に少し纏めの視点は違いますが皮肉を込めたコメントが掲載されています。

 ブロック塀中心に、事後点検がなされていますが、これを機会に「公共空間の接道部の緑の在り方」も十分検討し、街づくりの中で緑豊かに、もっと安全で快適、住み心地の良い地域となって行くことを期待するばかりです。それが亡くなった女の子との約束としてほしいです。