水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

展覧会巡り  8

    年金族は自由時間が沢山あって、「良いですねーー」って言葉が返ってきそうです。好き勝手な内容、時間、そして長い報告文。どこを向いて書き連ねているのかよく分からないですね。自分勝手に思いつくまま、気の向くままに書きなぐっています。

 巡り巡って8回目、以前鎌倉文学館での夏目漱石に関する日記、書簡の展覧会の様子を書き認めました(展覧会巡り 3)。今回は、漱石と同い年で日本の文学界に大きな足跡を残した正岡子規との二人の手紙のやり取りを中心にした展覧会を見てきました(新宿歴史博物館;漱石と子規 --松山・東京 友情の足跡 10/12)。

 

 大変興味深い、中身の濃い素晴らしい展覧会でした。前の鎌倉の展覧会で夏目漱石の姿は少し理解していましたが、正岡子規については殆ど知りませんでした。松山生まれの俳人であること、「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」の句程度しか知りませんでした。まさか夏目漱石と同い年で、同じような学歴で過ごし、日本文学の新しい姿を目指していたとは新しい発見でした。

 私は、以前の記述(展覧会巡り 3)で二人の関係を好敵手(ライバル)と表現していましたが全く違っていました。同じ年(1867;大政奉還の年;慶応3年)に生まれ、東京での青春時代を共にし、文学や俳句を間にかけがえのない友人関係を培い、一方で病や精神的な悩みと闘いながらそれぞれの道を切り開き、努力を積み重ねながら日本文学に大きな足跡を残しています。共に一時期、新聞社で働きながら自らの著述を公表し、あるいは独自に雑誌・単行本を作り発表しています。

 

 この展覧会は主に二人の書簡を中心に、その生涯を5つの章で構成し、書簡の他、関係資料や遺品を添えて展示されていました。その内容は第1章;さあ、明治時代の東京へ、第2章;「漱石」・「子規」誕生、第3章;松山での日々、第4章;遠く離れた地から、第5章;絶筆三句、漱石の出発、でした。

最初のコーナーは、激動の明治時代の幕開け、社会のめまぐるしい変貌の中での20代の姿(予備門の頃の寮生活、集合写真での姿、第一高等中学校卒業名簿、証書など)。二つ目のコーナーは、「漱石」、「子規」の誕生です。それぞれ本名「金之助」、「常規」から漱石、子規に名前を変へ自らの作品を発表(子規の「筆まか勢」、「七草集」、有名なホトトギスは「鳴いて血を吐くホトトギス;時鳥に由来=この頃、自ら、結核で喀血)。子規は漱石の文章(木屑録)を見て彼を「千万年に一人」と評しています。1890年頃(22-25才)の書簡等を通して、二人は文学論や作品の相互批評、さらには趣味の落語や歌舞伎、義太夫などを楽しみながら生活し、いろいろ書き表しています。

 若い頃の積極的で広範な知識欲、いろいろな日本の文化とその良さ、素晴らしさを吸収し作品の中や自分たちの生活に取り込んでいます。

 

 こういった姿勢は、時代は変わっても、現在の若者にも是非欲しいものだと思います。実物(本物)主義、現物至上主義は、今こそ大変重要だと考えます。若い感性がある内に一流と言われるものを見聞きすることが極めて大切だと思います。それを自分のものにし生きたままを写すこと、「写生」は絵でも文章でも大切です。

 

 第3コーナーは、愛媛県松山市時代のものが中心です。子規は中国従軍(日清戦争)からの帰還途中、再び喀血し神戸から故郷松山に戻ります。漱石は、あの有名な作品を生んだ尋常中学の英語教師として松山に入ります。子規と漱石が52日間共同生活をした頃、漱石、子規共に28歳。漱石が俳句にのめり込むきっかけとなった「愚陀仏庵」での二人の生活とその頃の俳句を通してのやりとり、書簡。

「雲来たり雲去る瀑の紅葉かな」漱石 「追いつめたセキレイ見えず渓の景」子規

「見渡せば雪とまかふしらいとの池のたにまの紅葉かな」「われきくに秋をつき出すたきの音」子規(白猪唐岬二瀑より)

 

第4コーナー、漱石は松山・愚陀仏庵から熊本へ移り29歳で結婚、33歳(1900)の時イギリスへ留学、子規は52日間の漱石との愚陀仏庵の生活を終え上京、その上京の折、奈良に寄り、あの有名な句を詠んでいます。漱石のイギリス留学中、1902年に子規が亡くなりますが、亡くなるまでの間、子規は遠く離れた親友の漱石に宛て書簡を送り、漱石の返信の内容に大変興味を持って返事を催促し待望していた様子がありました。子規は亡くなる直前に「草花帖」で野菊を描いています(1902.8.10)。絵の説明書きには、この日、丁度今年(2017)と同じように衆議院の総選挙があり、「庭前に咲きありし一枝なりを折りせしもの来たりて」の中村不折(画家)の賛が付いていました。

 

 最終コーナーは、子規の絶筆と漱石の新たな出発となっていました。子規の絶筆三句は、一つの絵の中にあって、真ん中、左、右に分け、病床で書いています(1902.9.18)。

真ん中は、「糸瓜咲きて痰のつまりし仏かな」

左側には、「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」

右側には、「おととひのへちまの水も取らざりき」

 

 漱石は子規亡き後、「吾輩は猫である;1905年」「坊ちゃん、草枕二百十日等;1906年」を発表、以後神経衰弱、胃病、胃潰瘍など病に悩まされ闘いながら「門」「三四郎」「虞美人草」「彼岸過迄」「行人」など多くの作品を残し、1916年師走9日「明暗」執筆中49歳の若さで亡くなっています。

 

 今回の展覧会後、私の70年余の来し方を見ながら、同じ生く道を親友、朋友、好敵手、師弟等の関係を持ちながら、しかも自由に討論できた「友」がいただろうか、と自問するばかりです。1.5年のドイツ滞在やその後のドイツ友人との交友関係を考えると身近に同年代の友人(漱石・子規に似た)が居ないことに一抹の寂しさがあるのも事実です。とりわけ年金生活に入り、来し方や行く末の何ぞや、何たるやと考える時。

 

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展覧会巡り  7

 芸術の秋は絵画展、科学展など多数の催し物が企画され、大都市東京の大小、公私を織り交ぜて、いろいろな美術館、博物館で開催されています。今回は日本画の代表的な「琳派」の作品を見ることにしました。「琳派」は京都で活躍した尾形光琳を中心とした流派の絵画作品を総称します。江戸時代、京都と並び文化の中心「江戸・東京」においても「琳派」の画家たちの活躍、作品は目を見張るものがあり、今回の「江戸の琳派芸術」と題して絵画展が開かれています(11月5日まで:出光美術館東京丸の内)。

 

 その中心的人物は、酒井抱一と弟子の鈴木其一でしょうか。出光美術館が所蔵する抱一らの数多くの作品34点が公開展示されています。展示は5つのテーマに分けて行われ、①光琳へのまなざし---<江戸琳派>が<琳派>であること(5点)、②<江戸琳派>の自我---光琳への憧れ、光琳風からの脱却(15点)、③曲輪の絵画---<江戸琳派>の原点(4点)、④<琳派>を結ぶ花---立葵図にみる流派の系譜(5点)、⑤子弟の対話---抱一と基一の芸術(7点)でした。

 ①では、やはり夏秋草図屏風草稿と風神雷神図屏風でしょうか。夏秋草図は草稿で本体は重要文化財として上野国立博物館にあります。「風神雷神図屏風」と言えば、あの有名な俵屋宗達ですが、その原画を尾形光琳が模写して屏風にしています。その屏風の裏面の表装に抱一のこの絵が描かれたようです。抱一の絵で、夏草と秋草がそれぞれ雨と風を背景として描かれ、それは表裏一体として光琳が描いた「風神雷神図屏風」と深い関係にあると説明されています。つまり元々表裏一体であったものが別々に表装され屏風になっているようです。その性で夏草は雨に濡れた様を見事に表し、秋草は強い風に煽られ揺れる様を表しています。そうです、表の風神と雷神を意識して裏絵として描かれているとのこと。説明され改めて屏風絵を見ると「なるほど」と首肯し合点がいくのは妙です。初めて知りました。 入口を入って最初にこの二枚が並んでいるので良く理解できました。

 ②では鈴木基一(1796-1858)の三十六歌仙図と秋草図屏風が秀逸でした。抱一門下の俊才で抱一に肩を並べる画力がよく分かる作品群でした。36人の歌仙それぞれが穏やかな笑みを湛えそれぞれ気儘な姿で描かれています。秋草図は抱一の作品を髣髴とさせるものでした。

 ③では抱一が名門武家で姫路城主酒井家の次男として生まれ(1761)、20代まで兄の庇護も受け江戸で奔放な生活をすごし文化人として成長した一端が絵画としてありました。同朋の鳥文斎栄之の絵と同じ吉原の遊女(27才の作品)や風俗を描いています。

 ④は植物の芙蓉、立葵の絵でした。尾形光琳・乾山兄弟の命月(6月)の花として芙蓉・立葵はいろいろな形で描かれています。光琳・乾山兄弟への思慕の深さ、畏敬の表れがわかる展示です。

 最後のブロックで感激したものは、抱一の「十二か月花鳥図貼付屏風」です。日本画に限らず絵画では「花鳥風月」「草花」など四季折々をモチーフに描いていますが、この作品は、既に19世紀に「ビオトープ」の捉え方(いろいろな生き物と日常生活)があったことを示していて感激しました。

 1月はカラ類、ツバキ2月はスズメ、ヒバリ、ナズナ3月は桜とルリビタキ4月は牡丹、アゲハチョウ5月に菖蒲とシギ6月は紫陽花とヤンマ(トンボ)7月は向日葵、朝顔そして茎の隙間にカマキリ8月に月、ススキ、キキョウの下に鈴虫9月は菊とカラ類10月は柿とメジロ、11月にヨシの間にサギそして12月には鴛鴦の周りに梅とヤブコウジ

 身の回りの身近な生き物を季節の移り変わりに描き、変わりない穏やかな生活を送る姿、その絵を愛でる人の心持に、今の自分の生活を考えてしまいました。

 

この展覧会の前に、今評判を呼んでいる映画「関ヶ原」を見て、300年近く続いた江戸時代の原点をあらためて感じ取りました。江戸時代:17-19世紀の日本文化の奥深さと素晴らしさを再確認しています。

 

 

 

 

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Stadt + Grün No.5

 ドイツの造園専門誌の内容レビューが暫く止まっていました。秋口になり、5月以降の雑誌が溜まってしまいました。大学も後期の授業が始まりました。キャンパスも再び賑やかになり図書館もいつもの姿に戻っています。今回は、S+Gの続編になります。雑誌の5月号から8月号までの目次・内容などの概説とその月の記事(トピックス)を載せました。

 ご興味のある報告は雑誌を直接ご覧頂くか当方へご連絡ください。連絡は当方のメールアドレス(biber1122@mri.biglobe.ne.jp) です。該当する報告の翻訳内容と著者のメールアドレスをご連絡します

 

5月号 

【記事】

5月から半年間のIGAがベルリンで開催。中心テーマは近郊レクリエーション地(緑の木曜日)開会式招待参列者(5000人)Michael Müller ベルリン市長、85%が新設、閉会後も公園として利用。つまり、ロープウエーも含めベルリン市は会場をレクリエーション地として利用。ベルリンの壁崩壊後28年、統一後初めてのIGA、(100haの会場広さ)、地区名:Marzahn-Hellersdorf、25000㎡に樹木1500本、バラ6000株(新植)、草花35000株、球根300,000球。6ヶ月の来訪予定者数235万人、IGA-Agendaは大会後、種多様性公園を計画、大学・ベルリン自然保護協会、関係部局も支持、以後の中長期的維持管理方針として決めている。郷土種の導入の徹底、維持管理でも自生種を主にする。建物の屋根屋上は生物多様性を活かした緑化とする。

【トピックス】

★造園家による国際庭園キャビネット開催。イギリス、タイ、中国、ブラジル、チリ、オーストラリア、リバノンから造が参加した。

★IGAで“mertopolitan open space“ エクスカーション:5月18-21日 キャビネット参加者による視察、

★„Grün in der Stadt Essen“で第2回連邦会議開催。5月8-9日 モットーは「Stadtgrün     –Für eine lebenswerte Zukunft“  Beissbuch(環境白書) Barbara Hendricks(環境大 臣)講演;2016.6月号S+G誌参照。

★10月20-21日、ミュンヘン市で遊び場、遊具と安全性に関する専門家会議開催される。

★運動広場スポーツ競技場の騒音基準決まる:夜は20時~22時、祝祭日・日曜の午後13-15時は5デシベル以下。

【報告】

1.Wasserspielplatz mit integrierter Flusssanierung in Sinsheim:

    Eine Bewegununs und Begegenungsanlage für alle Generationen

   著者:Elke Ukas 

 ジンスハイム市における河川改修と水辺広場(平面図あり)Elsenz川を挟む1.1haの都市公園を河川改修と合わせ都市再開発的に再整備。ジンスハイム(人口35000人、ライン・ネッカー地域、D.Hopp財団支援による事業、 

2.Wasserspielplatz – Eine Tradition wird fortgesetzt

Seit 1955 werden in Düsseldorf Spielplatz für kühle Nass geplant                  著者; Thomas Hechtle  

 Düsseldorf市の児童公園内で水を使った霧状噴出施設の変容(1955年以降現在まで)

3. Ein Dirtpark für Kassel 

Untersuchung eines hindernisreichen Entstehungsprozesses   

 著者:Maximilian Grafinger

Kassel 市におけるマウンテンバイク施設、用地確保、創設の背景と利用整備経過調査(2009 

~2016) 

4.Park und Grünflächen als Sport-und Bewegungsraume 

Zur Weiterentwicklung des Wilhelmsburger Inselparks

著者:Beate Wagner-Hauthal

公園内における多様なスポーツ利用についてWilhelmsburg市のInsel公園における提案、ハンブルク近くの都市、20のスポール団体が利活用、スポーツ、体育、健康、レクリエーションをテーマ

5. Neues Bewertungssystem nachhaltiger Sportfreianlagen 

Hochschule Osnabrück entwickelt Parameter für langfristige Nützung 

著者:Jutta Katthage

オスナブリュック大学がスポーツ施設の長期的利用の在り方について提案(生態的、経済的、社会的意味を総合的に盛り込んだ提案) 

6.Umwandlung von Spielfeldern in Kunststoffrasenoberflächen  

Neuer Investitionsschwerpunkt beim Sportstättenbau in Hamburg 

著者:Torde Hauschild

スポーツ施設での人工芝への転換(ハンブルク市における新たな支援の重要点)

7.Spielräume in der Stadt  

Zuwischen Hinterhof und verkehrsberuhigter Zone  著者:Hanns-Werner Heister

都市内に於ける道路静寂化地区および集合住宅中庭における遊戯広場の状態

8.Theoriebildung über Landschaft

Zwei Tagungen zu "places of public life" und "konzepte der Moderne"

著者:Lars Hopstock 

公共緑地の景観的変遷、二つの研修会議を通して緑地の在り方を考える

 

6月号

【トピックス】

★連邦大臣Barbara Hendrick(環境相)が都市緑化白書(Weissbuch Stadtgrün)を 5/8エッセン市で公表した。連邦政府は行動施策(Arbeitprogramm)で10の対応策(Massnahme)決める。5000万ユーロ提示。

”Integrierte Planung für das Stadtgrün“, „Grünräume qualifizieren und multifunktional gestalten“ Mit Stadtgrün Klimaschutz stärken und Klimafolgen mindern“ „Stadtfrhün sozial verträglich und gesundheitförderlich entwickeln“

★ハンブルグ墓地に関する動き:Ohlsdorf 2050に関する市民参加大会(専門家会議100人参加した)将来の墓地整備に対する意見交換会。ハンブルグ市の墓地候補Ohlsdorf。他の都市でも墓地用地の確保の問題あり。 

★州の庭園博開催に問題あり。204年エアランゲン(バイエルン州.)開催するかどうかの討議。計画から維持管理まで市民参加の可能性や市民の判断待ち。同様なのは2020のシュレスビッヒホルスタイン州のキール市でも同様。

★昨年来、州の庭園博開催については問題含みが多い。

★2017年ドイツ造園学会賞はケルン・ドイチュ地区のライン川縁のプロムナードRheinboulevard)

延長500m、面積 2haの河端に決定。

【報告】

1.Zum Planungsverständnis urbaner Grün- und Freiräume

 Von biologischer Vielfalt, Nutzbarkeit und Ästhetik  著者:Katrin Korth.

都市内緑地、オープンスペース確保の計画的整備について。生物多様性、利用促進、さらに都市景観的側面から。

2.Landschaftentwicklung und Freiraumplanung in Berlin 

Strategien für das Grün in einer rasent wachsenden Stadt  著者:Ursla Tenker

 ベルリン市(市域の44%が緑地・オープンスペース、内訳;18%森林・林、7%公共緑地、7%水面;湖沼・河川、4%農業地区、3%放棄地・未利用地、3%市民農園、1%道路緑地、1%墓地

 1742年のTiergarten新設に始まる都市公園緑地。1世紀後、PeterJosef Lenneによる最初のベルリン・ポツダムの広域緑地計画、1920年代におけるMartin Wagnerの緑地計画とその継承。

 2021緑地憲章(ベルリン都市の緑Fliessdiagramm Charta)に沿って、1プログラム(景観)、1プロジェクト(緑地整備)、1キャンペ-ン(都市の樹木)、1計画(市民農園開発)、1保全(保護地区)、1指針(都市景観)を実施中。

3.Grünflächeninformationsystem(GRIS)am Beispiel Berlins

Instrument für ein effektives Grünflächenmanagement   著者:Anke Wuennecke

1993~2017の緑に関するシステム(GIS、IN, 写真データ、他)ベルリン市内の緑に関するデータの効果的集積とその方法。GISの多面的応用、活用、デジタルデータの詳細と2)のChataとの関係。

4.Das „Handbuch Gute Pflege  “著者:Karin Ruddeck

Pflegestandards für die Berliner Grünflächen und Freiflächen

ベルリン市の緑地維持管理に於けるハンドブック。

ベルリン市には11,300haの公共緑地、438,000本の街路樹、12の区に、235.000~390.000人居住する。

5.Der Mitwirkungsprozess „Deine Geest“ in Hamburg

Eine Million Euro für Bürgerprojekte im längstern Park der Hansestadt 

著者:Cornelia Peters

ハンブルク市(ハンザ独立都市州)の都市公園における1万ユーロの市民プログラム

6.Grünverbindungen in der Flächnnutzungsplanung   

Empirische Ergebnisse zur Sicherung von Grünverbindungen  著者:Charlotte Mueller

土地利用計画における緑地整備、緑地網取り込み確保についての経験的成果

7.Wie das 20.Jahrhundert zur Aera der Stauden wurde               

Entwicklung der Satudenproduktion und –verwendung in Österreich

 著者:Anja Seliger

オーストリアにおける高草丈草花生産と利用・活用について。これまで(20世紀)の歩みと今後。         

8.„Zukunft Lebensraum Stadt“ und „urbene Agrikultur       

Fachtagung Gartenbau und Landschaftsarchtektur in Osnabrück 

著者:Anke Buehrmann

「将来の生き生きした活力或る都市と都市農業」に関する庭園・造園家会議の報告。

9. Histolische Mühlen beleben ihren Standrot 

Technisches Interesse und Sehnsucht nach alten Zeiten kockt Besucher

 著者:Darijana Hahn             

造園史;Muehlenのこれまでの歩み

7月号  

【トピックス】

 2022のバイエルン州庭園博の開催都市、Darmstadtが断念したためFuldaが変わりに開催都市となった。

Geisenheim大学(Hochschule Geisenheim)に文化景観センター発足。文化景観保全に関係する30以上の共同研究施設、大学と共同研究を進める。Eckhard Jedicke HS.Geisenheim, Landschaftentwickerung教授、2-3の州の関係部局、自然保護部局、学協会など参加。

【報告】

1.Im Görli ist jeder Busch politisch  

Der Görlitzer Park  Garten der Flucht und des Standhaltens 著者:Bernhard Wiens

 ベルリンのGoerli 広場の取り扱いについて。

2) Neuer Serpentinenweg verbindet zwei Ravensburger Wahrzeichen

Spazieren und Lustwandeln vom „Mehlsack“ zur Veetsburg 著者:Annette Strasser

Ravensburg市の高台にある文化財建造物・城と市のシンボルとしての傾斜路(園路)とその施設。石積みとベンチ、歴史について。 50.000人の市民、(ボーデン湖畔の都市、南部シュバーベン地方、)

3) Ein Innenhof als Kindertrost

Clementine Kinderhospital mit grünem Patio für viele Nutzungen

著者:Thomas Hergen

都市内にある緑の子供病院の中庭再生。400㎡の中庭、28m×14mの区画、花壇と遊具。

4) Sportpark Parksport Sport im Park

Formen der Integration des Sports in den offentlichen Raum 著者:Robin Kähler

スポーツ公園、公園でのスポーツ、公共空間におけるスポーツの在り方

 5) Gartenkunst in Japans Hauptstadt Tokio 

Vom Kaisergarten zu Wandel Zen und Teegärten  著者:Horst Schmidt

2017春に訪問した東京の庭園の解説。元Kahrsruhe市公園局長。毎年日本庭園(京都)をドイツ人に案内している

6) Ein Monarch mit grünem Daumen

Auf dem fartenkulturellen Spuren von Kaiser Granz 1  著者:Shristian Hlauac

Franz josef Ⅰ世皇帝の庭園に関する功績、その歴史について。ウイーン市のBurggartenと皇帝(19世紀)、14世紀のLaxenburg、Persenbeugの城と庭

7)Flussbad Berlin

Zur Rückgewinnung des Innerstadtischen Spreekanals als Lebesraum

著者:Barbare Schneidler

ベルリン市内のスプレー運河・河川の再生利用。市内のスプレー運河とバイパス水路。1997年から計画、芸術家兄弟の提案、2011実現。水泳場、水質浄化施設、水際・水辺緑化公園地区、

8) Die Gemeinde Fichte ist Baum des Jahres 2017

Ihr Holz findet weitreichende Verwendung bis hin zum Geigenbau

著者:Renate Scheer

2017年の樹木にトウヒが選ばれた。広い範囲で使われている。

8月号

【トピックス】

ミュンヘン市のイングリッシャーガルテン(375ha)にトンネル工事計画。390mのトンネルをEnglichergartenの下に設け都市内交通を円滑にする計画。2023年に工事開始の予定。4-5年かかる見通し。

報告】

1)Umweltschutz und Sport  

Erzwungene Verbindung, Widerspruch oder Parterschaft?  著者:Tothr Hauschild

 スポーツ施設における環境対応、1991年来の環境対応の歩み。維持管理と営業、雑草対策、モグラ、・野ウサギ・野ねずみ対策。新しい視点と試み、法規制、大気汚染と浄化、雨水排水と貯留、造成工法と材料など。

2) Sport und Grünraumentwicklung   

Prozessorientiertes Planen am Beispiel der Gewässerentwicklung 

著者:Christian Siegel  

 スポーツ施設の効果、都市緑地の中での役割、スポーツ施設が結ぶ緑のネットワーク、緑地帯の中野スポーツ施設、環境貢献、環境白書での支持。

3)Nachhaltigkeit ja –Mehrkosoten nein 

Umfrage zur nachhaltigen Sportfreianlagenplanung  著者:Marcel Steffen

スポーツ施設における耐久性と経済性(維持管理費)

4) Gesundheitsprävention im öffentlichen Raum

Ein Studie zum Nutzungsverhalten in Kneippanlagen  著者:Grit Hottentrager . 

健康運動施設としての利用状況、4都市の公園内にある健康運動施設(Knaippanlage)の利用状況。

5)  Prozessorientiertes Planen am Beisspiel der Gewässerentwicklung

Renaturierung als ganzheitliche Aufgabe      著者:Henning Guenther  

水辺の修景計画、親水計画、近自然工法、水辺の自然再生

6)Brunnen und Wasserspiel – Funktion,Nutzung und Pflege

Welche Normen sind zu beachten und wie spart man kosten?  著者:Kartin Korth 

いろいろな噴水、水を使った施設について。  

7) Dauerhafte Staudenpflanzungen von Gartenshauen

Forschungen zu ehemaligen Schaufplanzungen         著者:Daniela Kuptz

1951年第1回連邦庭園博(BUGA)以来、使われてきた高草丈草花の広場面積はトータル2475haにも及ぶ。この報告はKuptz氏の博士論文で高草丈草花の使用目的、使用場所、使用方法などについて論述。

8)Die Gemeine Ficht ist Baum des Jahres 2017   著者:Renate Scheer

2017年の樹木にトウヒ(Gemainde Ficht)指定される。その歴史と応用範囲、立地と生育、利用のされ方など

 

以上のような内容になっています。9月号以降はの内容はまた、後日ご報告します。

ご関心のある方、ご意見などありましたら私のメールアドレスに。よろしく。 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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最近の心配事

食欲の秋、読書の秋、錦秋の景観など素敵な季節の到来となっていますが、日大造園研の卒業生の皆さん、お元気でお過ごしのことと思います。食欲も読書も、また素晴らしい景観を楽しむ「旅」も健康であればこそ十分に味わうことが出来ます。自らの歳もあってか、日常当たり前のように感じている「健康」に、時折心配事が入ってきます。 

 今年になって病・ガンに、より注目が集まっています。社会的に有名な人が、この病に襲われ、闘病生活がテレビや新聞・週刊誌で取り上げられ衆目を集めています。

 私のように70歳を越える高齢者はまだしも、家庭や社会で働く30-40代の若い親がこの病に襲われ闘う状況は大変です。小さいお子さん二人の若いお母さん、真央さんの闘病はその一つでした。他にもNHKやNTV(24時間テレビの番組中で)でも類似事例が放送されました。ガン専門医の先生であっても罹病は例外ではなく、ドキュメントを通して早期の健康診断の重要性や病についての知識・理解の大切さがたびたび放送されています。

 

 私の大学勤務時代、昭和60年以後研究室所属学生に女子学生が増え、女子の多い傾向は現在も続いており、明るく華やいだ色っぽい雰囲気を研究室に生み出してきています。卒業生の年齢から20-30代、結婚して子育てや家事、仕事に忙しい日々を過ごしておられる方も少なくないでしょう。普通、自分の体の状態にまで注意が行かないのは当然です。

 成人男女とも35歳以下では人間ドックのような健康の精密検査は普通ありません(簡単な健康診断のみ)。私の時代もそうでした。45歳を過ぎてから健康診断(ドック)が義務になったように記憶しています。

 病への対策は「早期発見」「早期治療」と言われています。前に書いた事例にあるように働き盛りの若い男女(結婚して親になっている方)の卒業生諸君には、無理してもこの健康診断・検査は是非してほしい、と思っています。

 「胃がん」検診・発見では胃の中のピロリ菌検査が重要だと言われています。私もこの歳になり始めて検査を受けました。最初の検査は失敗、再度やり直して菌がいないことが判明し安心しましたが、もし存在したら精密検査に入ることになったでしょう。

 自覚症状が無いのが胃がんの特徴でもあるようです。卒業生の若い夫婦の人達に、取越苦労、世話の焼き過ぎ、お節介迷惑、と言われるかもしれませんが、気に留めてもらい、病院に足を運んでもらえることを祈ります。

「そうだ! 健康診断・検査に 行こう」

 

年寄りの冷や水ですが、身近で心配事が気になり、こんなブログを書きました。

 

 

 

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展覧会巡り  6 

 芸術の秋、食欲の秋、天高く馬肥ゆる秋、読書の秋、いろいろ例えられる秋になりました。今年の夏は本当に不純な天気が続き、雨が多く晴れ間の極端に少ない夏でした。

昔、大学院時代に知り合った芸術一家の方と親交を深めており、毎年公募展の招待状を戴きます。大学で働いていた時代は何かと気忙しく慌ただしい毎日を過ごしておりましたので、展覧会に足を運べなかったのですが、退職してからは時間もあり例年、作品を拝見しています。今年は「院展」が東京上野の都立美術館、「二科会展」は六本木にある新国立美術館でした。

 院展東京美術学校(現;東京芸術大学)を辞した岡倉天心が中心になり明治31年(1898)設立した研究団体で、現在は公益財団法人日本美術院になっています。絵画、彫刻がありましたが、現在は日本画の公募展(秋)と春の院展になっています。

学生時代から、造園に関連して美術・絵画の素養や知識が必要と感じ、美術鑑賞や絵画教室に行ったりしましたが、今は専ら絵画鑑賞だけになっています。

 学生時代に見に行った院展では、今は亡き日本美術院の錚々たる有名画家(前田青邨奥村土牛小倉遊亀平山郁夫ら)が出品し、それは見事で豪華な展覧会でした。時代は確実に移って来ています。近年まで歴代の理事長も大作を出品し素晴らしい展示会でしたが、今年の秋は大御所の出品が少なく幾らか寂しい感じがしました。

 院展発祥の日本画は「朦朧体」(輪郭線を用いず色彩の濃淡によって空気や光を表現する技法)描法で、後に大きなうねりとなり海外で大きく評価され、今日も伝統的手法として位置づいています。岡倉天心が発祥した日本画の研究所第一部(絵画)は昭和25年に茨城県五浦に移り、その地で横山大観菱田春草、下村観山、橋本雅邦らが作品作りと研究に励んだとされます。この地の施設は文化財指定され、造園研究室の、今は亡き吉川 需先生文化庁におられる頃から周辺の景観、庭も含め保全、改修に尽力され、島田正文先生も関係されています。日大の造園研とも少なからず関係のある場所です。

 

 絵画は物を正しく、忠実に観察し写しだすことにはじまります。モチーフが何であれ「写生」が基本になると思います。私も静物画スケッチが好きで時々葉書などに描いています。

 今年前半には暁斎不染鉄等伯雪舟などいろいろ絵を見て、改めて日本画の良さを味わいました。

 

 二科展は知人が彫刻家であることから六本木の新国立美術館で展示公開されていました。この美術館は六本木(青山墓地日本学術会議乃木神社に近く)で建築としてもユニークな美術館でした。彫刻の部屋は木彫があり、木の香りが漂う、何とも心地よい空間でした。作品の素材は自然木の一木作品あり集成材作品ありで楽しく鑑賞できました。

 この彫刻家には若く無名の時代(1980年頃)に、研究室で創設した「横山賞」横山光雄先生の退職を記念して設けられた賞)の賞品(ブロンズ製の小皿)を作っていただきましたが、今では二科会の重鎮(理事)でとても作っていただくこと等無理です。

 一日、上野の山と六本木の緑の中で素敵な時間を過ごすことが出来ました。

 

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展覧会巡り  5

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 前に「展覧会巡り 1」で雪舟等伯水墨画展について書きました。日本文化の多くが中国の影響を受けていますが水墨画も同様、宋、明時代(日本で室町時代)に発達した禅宗や中国の墨画との繋がりが深く牧谿や夏珪、周文、刑浩の名が知られています。矢代幸雄水墨画(1969)岩波新書)は「水墨画は東洋絵画の精粋である。それは東洋に特有なる材料および技術に成り、そのあらわすところは、東洋人に独特なる感覚および心境である」とあり、「絵画としてはなやかなる自然美の世界よりもう一つ奥の世界、すなわち精神の世界」であると述べています。そして「色彩、線および明暗濃淡の調子の三要素からなる芸術的性質からみて、水墨画は色彩から離脱し、線と明暗の調子とを大いに発達させて、それらにすべての精神的含蓄を託したところの、特殊なる絵画形式」であるとしています。しかも他の優れた絵画(大和絵や浮世絵など)と比較してその精神性の重要性を強調し水墨画を評価しています。少し長いですが引用してみます。

 「墨画の技術の背景に、心構えの問題があった。老蒼にして質実なる墨色を好むほどの人は、精神家として、しっかりした性格や信念を有する人間である場合が多く、このことは、墨画が主として禅門に育ち、また禅的修行によって精神の鍛練を心の願いとして持っていた武人たちによって好まれ、優れたる水墨画家のうちには、多数の禅僧、或いはその他の仏教者、さらに武士、或いは剣道家、等々が見いだされることによっても、この間の実情は、推測に難くない」(引用:1)

 水墨画は「眼前なる関心事は、眼前の実景を描写するよりも、否、描写するつもりでありながら、山というもの、樹というもの、水というもの、等々の、原初に戻ったような原型、或いは典型、を探求し、それによって、それぞれの本質的様相を把握せんとする努力に、いつの間にか推移転移する」とあります。(引用:2)  

 

 今回の博物館の新しい試み(綴プロジェクト;文化財未来継承プロジェクト)として、 ①超精密最新技術による絵画の復元(キャノン高精細復元技術;キャノンのカラーマッチングとインクジェットプリンター技術)、②海外に渡った名画の復製(フリーア美術館所蔵名画)、があり、更に③新しい絵画展示の試み、があると思います。

 ①については撮影機器、印刷機材・技術・機械、さらに修復・再現技術と素材があり、このプロジェクトが既に2007年から進められ2012年までに実現され、俵屋宗達の国宝「風神雷神図屏風」を始め名画が作製されています。②については門外不出とされているフーリア美術館所有の名画;尾形光琳「群鶴図屏風」、菱川師宣「江戸風俗図屏風」、俵屋宗達「松島図屏風」など国宝級の名画を複製し、日本の美術館や寺院に収められています。③については、単なる絵画や屏風などを作品だけとして展示するこれまでの手法から、新技術や応用技術を使った立体的、感覚的(視覚・聴覚・臭覚)鑑賞方法を試みていました。

 上野国立博物館(本館;特別4,5室)において、長谷川等伯の「松林図屏風」;二曲六双二面と尾形光琳の「群鶴図屏風」;二曲六双二面を使っての展示でした。

 5室では、松林のアロマの香り、波や松籟の音、吊る下がった薄衣布に映る等伯の松、を演出した入り口部、半円形のスクリーンに映し出される墨絵風四季の景観動画、海の波上から松林を抜け移動する景(ドローンの映像風)、そして等伯の屏風絵と重なる画面で終わりました(5分ほど)。動画に気を取られ肝心の等伯の屏風絵には殆ど注意が行きません。屏風絵は衝立でしかなく名画鑑賞というより絵画を使った見世物、と言った方が良いでしょう。

 4室ではL字型の部屋のレイアウトで再生復元された光琳の群鶴図屏風(二面)を袖において、その鶴に似た姿・形の鶴の飛翔群舞が映像で壁面に映し出される仕掛けでした。

矢代の引用:2にある、絵画の奥の世界、色や形から超越した心象、心情など精神的な在り様を、鑑賞者が各自に持つことが絵画鑑賞の本質であるなら、この企画は十分な効果を出すかどうかは疑問でしょう。新しい展示法や鑑賞形を否定するものでもありません。否、高精細技術は大変重要な価値ある技術であり、その応用領域・範囲は計り知れません。また、復元に関連する歴史的伝統技術の維持、保護に役立つことは必定です。

 

 しかし、それでもあらゆる歴史的文化財(特に水墨画)の公開展示で、形(絵)の中に「静」を表し、鑑賞者の心に「動」、「考」を求めるとしたら、「絵・作品」と対峙し、凝視し、静かに熟考・推考すべき場が求められるべきであると感じました。 

 

 矢代は、水墨画で描く対象を具体的に表すうえで「墨、絹・紙、筆」の重要性を挙げています。同時に「書」と「水墨」・「水墨画」の関連を「滲み」や「暈し」に見出し「心象・心情」の表現に迫っています。この本「水墨画;初版」を院生時代に買い読みましたが難解な文章表現もあり、十分に理解できませんでしたが、今、70を越える歳になりやっと理解できそうな気がします。これまで忙しくて読み返す暇もなく積読になっていた「本」を読み、新しく考える機会が持てる時代(終戦後72年)に感謝の心境です。

 

 

 

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我が家の庭の歴史; 身近な緑とは 2

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 庭や公園の竣工時には植栽工が完成形で納められる場合が殆どです。建物周りが植物(樹木や草花)で埋め尽くされ、ともすると低木が密植、植え過ぎであったり、高木の支柱がやたらと目立って外部造園空間の美しさが台無しになる場合も少なくありません。また、時間が経過すれば植物は成長し枝葉を茂らせ、丈を延ばすのですが、それが制限され植栽による美しさの演出が台無しになったり、成長管理(維持管理)に支障が出てきたりします。「景」が落ち着くには10年近くかかるし、そのためにその期間の維持管理は大変重要になります。工事が終了し持ち主に引き渡されてしまえば関係は無くなりますが、施工者としては、その後も作品には関心を持って覗いてもらいたいものです。作品に対して長い目で育て、作り上げて行く気持ちや考えが必要だと思います。

 

 自分の持ち家の小さな外部空間では、とても最初から高木を用いて修景する空間的余裕は無かったのです。限られたスペースで将来的に纏まった緑を作り出すためには小さな苗木を植栽し、それを時間を掛けて管理育成して作り上げることが必要でした。40年近く身近で適切に維持管理してきた姿が現在のボリュームある緑を作り上げています。ドウダンツツジの生垣は高さも厚みも、さらには季節的美しさも、その樹木本来の特徴をいかんなく発揮しています。

 当初、小さなヒメシャラやアラカシの苗木も狭い場所にも拘わらず10mほどの高さまで成長し、花や芽出しの美しさ、適切な遮蔽の機能を果たしています。高木になった後は毎年適切な剪定(枝抜き、徒長枝剪定)をして現状を維持しています。

 

 家が代替わりして他の人の手に移った後、この纏まった緑はそのままの姿を維持することはできないでしょう。家を建て直す工事に伴って消えて行く運命にあります。それは個人家屋に限らず他の建物、建物群でも同じでしょうか。

 時代を重ね残す価値のある緑は残したいものです。

 

 小さな緑の充実を基本として身近な街づくり、緑のネットワーク、多様な緑の構成、時代と歴史を生かした緑のコミュニティーづくりなどが理解され、個人レベルでの緑の作り方、近隣レベルでの緑の充実、「繋ぐ緑」の重要性、時間・時代を感じさせる「緑の網」づくりが注目されることを期待したいのです。

 

 

我が家の庭の歴史;  身近な緑とは  1

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 小さな面積で大きな緑を作り上げるには、どうしたらよいのでしょうか?

日本の都市では狭い空間に多くの人が住んでいるため、緑を増やすのに大変苦労しています。街路樹一つとっても歩道や車道が狭く、すぐ近くに建物が接しており自由に枝葉を広げ大きな緑を作り出すことは難しいのです。それに落葉だ日陰だ野鳥の塒だと樹木があることのデメリットが槍玉に挙げられます。それでも街路樹を街のシンボルとして育て大切にしている地区も少なくありません。

 植える場所と植える樹木の大きさが問題になります。樹高7-8mにも及ぶ木を植えるには根鉢や支柱にそれなりの広さが求められます。植栽する場所が十分に確保できる場合は問題ありませんが、そうでない時はそれなりに工夫が要ります。

 以前、大学の研究室で卒業論文のテーマを探していた折にこの課題について考えたことがあります。完成した樹木(多くの場合成木)植栽と苗木樹木植栽との関係でした。施工時点を完成とするか、時間が経過して樹木が成長し機能する時を完成と考えるか、の違いでした。後者の場合、植栽場所は大きく広く取らなくてもよくなりますが、前者では2-3倍の用地が必要となります。

 

 1977(昭和52)年、結婚後3年目に100㎡に満たない小さな建売住宅(半分注文住宅)を買って我が家としました。用途地域は住宅地区で建蔽率60%、家の外構を考えると庭は殆どありませんでした。そんな所に樹木など入れる余地は全くありません。でも職業柄、小さくても「庭」は「見本園」的でも作る考えを持っていました。場所は幸い私道脇の「東南の角地」で敷地外の空間に余裕が取れて縁辺部の緑を考えることが出来ました。プライバシー確保として周りの家はブロック塀が殆ど。我が家は外に広く見せ、狭苦しさや窮屈さを出さないため2面を生垣で境とすることにしました。1面は幅1m足らずの段差の上にドウダンツツジの苗木(20cm)を列植、他の面はヒメシャラの苗木を植えました。

 私道から玄関へのアプローチは直接取れば1m足らずですが、わざとL字型にして3mほど、その周辺にサツキツツジの玉物を植栽して終了です。40cm程の段差は拾ってきた自然石や間地石、大谷石の平面を生かして設置しました。

 その外構造園工事を手伝ってくれたのは、当時の教え子の学生諸君(院生や3-4年生;5-6人)で、庭園施工実習さながらに私の指示に従って皆で作り上げました。ドウダンツツジの垣根の長さは5~6m、ヒメシャラの植栽は長さ5m程度、いずれも幅は3~40cm程でした(添付写真)。

 なんともはや、建売区画の絵にもならない、全くの子供の植木遊び場的雰囲気でしかありませんでした。

 

 

 

 

展覧会巡り  4

 不染 鉄という日本画家を知っていますか? 新聞の記事(7月22日の読売新聞朝刊、時の余白に;編集委員芥川喜好)の見出し「放浪の果てに浄土あり」に魅かれて読み興味を持ちました。それは日本画家、不染 鉄の展覧会(没後40年、幻の画家「不染鉄」展;東京ステーションギャラリー)に関しての批評記事で、「放浪」や「浄土」に目を取られ読み進めたら、不染の作品と人生に光を当てた展覧会への招待文でした。美しく改修復元された東京駅ギャラリーでの展示にも魅かれて出かけてきました。

 

 安野光雅という画家はご存知ですか?いろいろなファンタジー溢れる風景や物の絵本を出している作家です。私は風景を描くことに少なからず興味を持っていましたので、安野の絵本は以前から身近に買って持っていました。きめ細かな風景描写、絵の中での多様な人物表現、これまでどこかに忘れてきてしまったような景色、佇まいなどを見事に描き出しています。

 不染の絵にも、それに似た雰囲気や描写法がありました。詳細で緻密・繊細な線描表現(細い面相筆で描かれる線は、どこか浮世絵美人の髪に似て)、ノスタルジックな民家や田舎風景、大胆な構図(軸装でも扁額でも)、全く違和感のない抽象表現(波や岩、雲など)それにもまして目立たない人や生き物の挿入、本当に久しぶりに作品を見て感激し堪能しました。明治・大正・昭和と激動の時代に生涯を送り、波乱にとんだ人生(主に海と古都を愛して過ごした84年)を送り、描き続けた人のようです。

 回顧展が東京で開かれるのは初めてで今回は絵画から陶器の絵付まで120点が出されていました。中でも昭和40年代(70歳過ぎ)に書かれたはがきの絵はボールペンで書いた絵に着色されたもので、文章と相まって大変味のあるものでした。私も似たことを時節の葉書で描いていますので興味深く魅入ってしまい、気が付いたら3時間余り経ってしまっていました。

 

 この展覧会は8月27日までやっています。造園・緑地の関係者や興味のある学生諸君にぜひ見てほしいと思います。

 会場の東京駅ギャラリーは東京駅丸の内北口にあります。東京駅は2003年、国の重要文化財に指定され、2012年(2007-2012)には全面改修(保存・復元)されました。東京駅は不染 鉄が生まれた(1891)ころ東京市区改正条例で東京駅が決まり(1889)、ドイツ人バルツアーや辰野金吾が設計(1910年までに)1914年に開業しています。ギャラリー内部の階段部は煉瓦の形、積み方、大戦被災の跡など目にし触れることが出来る展示ともなっており、修復工事の様子も見ることが出来ます。

 

 

 

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最近見た映画あれこれ

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 年金生活に入って厚遇されることはシニアとしての優待、特典ですかね。60歳、65歳か70歳か、現代社会では線引きの難しさもありますが、年金についても、早く貰うか遅く貰うかどちらが良いか思案しどころです。人の平均寿命と関係があったり明日への命の保証も分かり難い世の中で早遅の決断の鈍るところでもあります。私も72歳になりました。友人知人も多くが年金族です。

 頭や体が元気なうちに、今まで知らなかったこと、経験できなかったこと等を

できるだけ多く見たり聞いたり考えたりして身に着け、楽しみや喜びに置き換えることが一番素晴らしいことではないかな、と感じています。

 そんなことを考えながら、今月は映画と向き合ってみました。

 今どきの映画館ではシニア割引や夫婦、女性割引等、一人千円で1本映画を見ることが出来ます。川崎市では文化事業の一環でアートセンターなる施設があり映画や演劇、寄席など文化的娯楽を市民に提供しています。ロードショウ映画は普通の映画館で見れますが、単館映画や配給元の限られた名画は見ることが出来ません。このセンターでは、そういったあまり見れない映画を毎月15-16本上映し映画ファンを増やしています。

 今月は、猛暑の夏、冷房の効いた館内で名画を見ることにしました。映画は次の4本です。

 ①娘よ(女性監督作品、実話、パキスタンカラコルム山間地、ソノマ国際映画祭)

 ②光 (女性監督作品、目の不自由な人、映画音声ガイド、イメージ、カンヌ映画祭) 

 ③草原の河(中国チベット草原、少数民族、遊牧生活、家族、上海国際映画祭

 ④素敵な遺産相続(遺産、年金生活、女性の夢、幸せ、アカデミー賞受賞の2女優)

 

 ①は2014-15年の各種国際映画祭で賞を取ったパキスタン映画でした。カラコルム山地の少数民族間で起こった政略結婚に向き合い自由と闘った母娘の実話の映画化。自分の娘(10歳)を山間部族間の安定のために敵対する部族の長老に差し出すことを拒む母が娘を連れて都市に住む祖母の下へ逃避行をする物語。裏切られた部族から追われる家族や母娘、逃走を助ける長距離運転手。壮大なカラコルム山地の自然を背景に描かれた母と娘の強い絆を描いていました。脚本、製作、そして監督の3役を成し遂げた女性の美しいきめ細かな作品でした。

 人質の世界が今も世界のどこかにあって、それが男女の関係である場合、「人」と「社会」のどちらで決まるのか、決められるのか難しい問題です。「社会」の体制、「地域」という纏まりの中で、人としての権利や自由はどう考えるべきなのでしょうか? イスラム社会の実話といえども考える切り口からすれば、大変複雑です。

 

 ②も世界的に有名な女性の映画監督の作品。「あん」で一躍名の知れた監督(社会派映画=私の独断)となった河瀬直美さんの映画です。病で次第に視力を失いゆくカメラマンと映画音声ガイド(視覚障害者に映画を楽しんでもらうため画面の情景を解説・説明する声優)が繰り広げる物語でした。健常者であった時、を扱って素晴らしい作品を生み出していたカメラマンが病の進行の中でかすかな光を頼りに写真を撮る姿と、その彼が映画音声ガイドとしてどのように解説・説明すればハンディキャッパーに分かってもらえるか、映像ガイドに苦悩する若い女性との間の心と気持ちの流れを描いていました。

 目が見えることの大切さを殆ど意識しないでこれまで生きてきたので、この映画はいろいろなことを考えさせてくれました。色、形、それが時間とともに変化する様相。そのいずれをも「イメージ」としてしか考えられない視覚障害の強さ、辛さを教えられたような気がします。何の違和感も持たないで普通に「見える」ことが当たり前ですが、そのことがいかに有難く嬉しく素晴らしいことか考えさせられました。

 どこかで書いた正岡子規は晩年、あまり目が見えなかったとあり、音に対して大変細やかな受け取り方と表現をして俳句に表していたようで、彼のいろいろな句にそれが表れていると言われています。

 もう一度、五体満足の意味を考え直し周りを見回しなおす契機となりました。

 

 ③は中国の少数民族チベット族の生活から作られた映画です。①の映画同様に少ない登場人物で進行する物語です。放牧を営む父と母と女の子、広大なチベットの草原(緑が滴るような大地でなく、セピア色した早春の平原)を舞台にした家族の生活と心の葛藤を描いていました。何にもまして特筆すべきは、女の子を演じる子役(6歳)が国際映画祭で最優秀女優賞(史上最年少)を受賞したことです。もちろんこの映画で重要な主役です。物語の陰に二つ目の主題で祖父と父親の心の蟠りもありますが、それを含め大草原を流れる河が小さな家族を見守っている姿がこの映画の題になっていました。

 最後に会いたかった母の気持ちを無にし、会いに来なかった父とそれを許せない息子、しかし孫娘のお見舞いに笑顔を見せ楽しそうに話しこむ父、許せない父の病状(限りある命)を聞き落胆する息子(孫娘の父)、新しい命を宿して懸命に生活を支える妻、新しい子供の出現に母を取られると思い戸惑う女の子。オオカミに親羊が殺され残った仔羊を育て宝物のようにいつくしむ女の子、でもその仔羊もある夜オオカミに襲われ行方不明に、探しあぐねた後に丘の上で死体を見つける。 命あるものの生死をいろいろな事象で捉え、描き考えさせる秀逸の作品でした。この女の子が余命幾ばくもないお爺さんを見舞って次の春に再会を約束したところで物語は終わりました。

 終演後、次の年の春、お爺さんに会えず話せなかったけど、新しい家族が出来て素晴らしく美しい草原の春、大きくなった羊の群れを追ってお姉ちゃんとなって嬉しそうな顔の女の子を想像しました。  (添付写真は、各映画のパンフレットです)

 

 ④は明るく楽しい年金生活に入った老婦人(以前は教師)がご主人の遺産を受け取ったことによる喜劇でした。この遺産が保険会社の手違いで5000$を500万$と書き間違えたことによって起こるコメディー物語でした。

 こんな楽しい間違いを私もしてみたい、と思いました。夢の実現にはやはりお金が要りますね。楽しい夢には歳はとっても恋をしてみたいものですね。行ってみたい、やってみたい夢のリゾート生活、夢だからこそなのかな、と思ったりしました。

 ところで私の遺産ってどのくらいなのかな~?

 私が居なくなってからの世界の話ですよね~?。     心 境 複 雑!