水と緑と自然、それは「にわ」

都市や農村における緑地の在り方、自然環境の資源とその保全、「にわ」の設計と維持・管理

海外雑誌での研究 17-2

 NRW州の自然保護(Natur in NRW)第3号の報告の概要は以下のようになっています。16-2と同様、中部欧州の森林再生、鳥類保護、農業地区での昆虫相(蝶類)、伝統的景観構成要素としての生け垣再生、河川の堰・魚道と生き物についての報告です。

 

1.Die Rueckkehr des Mittelwaldes ins Rheinland (写真4枚、図2枚、表2枚)

  ラインランド地方(ボン市の西、河岸段丘地域)における欧州中部樹林の復活

    ※Wiederaufnahme einer historischen Waldnutzungsform als Chance fuer

       die Artenvielfalt

  ※種多様性確保への好機である伝統的森林利用形態の復活

   この報告の対象地は、旧西ドイツの首都・ボン市の西郊外=ライン川河岸段丘に位置する森林地帯です。その大部分は「LIFEプロジェクトVillewaelder」10地区、40haの森林です。欧州レベルでの森林の生物多様性と保護すべきミズナラ・ブナ林は2014年から2020年にかけてボン市からケルン市におよぶ森林地帯に指定されました。ここで中世来の伝統的営林形態とそれによる動植物への影響を調査しています。=Life-プロジェクトフィーレンベルダーは「森林と水圏」と題し、森林経営と自然保護の共同プログラムで、ミズナラ~ブナ林とそこに住む人々を守り活かすもので2014-2020年に設立されました(多機関共同設立)。LifeプロジェクトはヨーロッパLife支援プログラムで、ここ533haの水源涵養ミズナラ林で進められ、新たに234haで広葉樹林を、 40haで伝統的森林利用を行うことで進められています。この森林地帯には希少な両生類、77本の細流、牧野固有の種が生育する18ヵ所の草地があります。

 

Life-プロジェクト=フィレンベルダーの指針は当地で行われていた施業の取り組みで、それは自然保護的=自然に即応した、歴史文化的施業林形態の時間をかけた取り組みです。20年以上の長い時間をかけた取り組み、決まった期間による輪伐期の施業で、今日の生態的、経済的視点での施業では対応しないものです。ミズナラ、ブナの広葉樹が優先する樹林は19世紀半ばで針葉樹林に替わり、殆どなくなり現在に至っています。選ばれた地区の樹林は高木層50%、30-50%を第二層でミズナラ、ブナ、ボダイジュ、カエデ類が占めています。2018-2019年の冬季強風により高木層は倒壊し在来種、郷土種による次世代層が生まれています。

 第二段階で「自然2000地区=Natur2000」内にモニタリング試験区が設定され、鳥類、生育動植物などが調べられています。特にキツツキの仲間のモニタリングでは2000㎡の拠点、植物では400㎡の永続調査区が設けられています。コッテンフォルスト地区内の「残存自然林分」では1972年から施業林管理は行われていません。林床に低木広葉樹(0,5m以下)の侵入が見られ着実に広葉樹林への遷移が見られますが、キイチゴ類(Brombeere)の繁茂も多くミズナラ、ブナの植樹が考えられています。同時に鳥類のモニタリングから12-25種の棲息、レンドリスト種の棲息、繁殖も観察されてきています。

 フィレンベルダーのボルンハイム保護林区内では各種試験区が設けられ欧州中部林(Mittelwald)復元のための調査が続けられています。

 

 ■中部ヨーロッパにかってその威容を誇っていた広葉樹林(ミズナラ・ブナ林)の復活を思考し、そのための残存樹林保護と復元のための樹林内詳細調査を、地域を取り込んだ各種機関共同の研究が進められている点は、EU(ヨーロッパ共同体)の環境政策とはいえ、国レベル、州レベルさらには地方レベルでの実施は注視すべきでしょう。鳥類は1国にだけ留まるのではなくその生息域は広く、また植物も同様、EU圏での捉え方の重要性が広く考えられ進められていることは重要で、もって他山の石とすべきでしょう。(勝野)

 

 

2.Nieheimer Flechthecken - Naturschutz mit Tradition

  ニーハイマー地区の耕地生け垣 ー 伝統的な自然保護  (写真5枚、図1枚)   

    ※Anzucht von autochthonen Haselstecklingen zur Bewahrung eines 350 Jahre

       alten Kulturerbes

    ※350年前の歴史遺産である生け垣の保護

歴史的な文化遺産としての農村景観を形作るニーハイマー地域の編み込み生け垣は、ここ60年間で90%程減少して来ています。そのため、ニーハイマー郷土保護協会は種の保存・拡大のため遺伝子保護プロジェクトを森林局の林木遺伝・育種・増殖研究室と共同で実施しています。

 この生け垣は古くからヨーロッパ各地にあり、牧野を区切り放牧地の景観を構成していました。同時に垣根の材は多用途(燃料や農業の用材)に使われてきていましたし、色々な生き物(特殊なネズミ類や鳥類など)の棲息にも関連して存在し自然保護の視点から大切な働きをしてきました。

 ニーハイマー型生け垣の存在は中世までさかのぼり、風景画では1647、1672年、戦いの絵では1757年のものに見られ1900年まで拡張していましたが1958年以降衰退、消失しています。しかしドイツ各地で農家により微かに残され、ニーハイマー郷土保護協会でも今日まで守られてきています。ここではヤナギ類、セイヨウサンザシ類、ニワトコ類など低木から成りたってます。その生け垣の形態の維持管理には特別な技術が必要です。残念ながらこのニーハイマー地域でも生け垣保存か農地拡大かの選択に迫られ60年の間に90%の生け垣が消失、現在僅か18km程しか残っていません。

 この歴史的文化遺産としての生け垣保存に向けて2018年ユネスコの世界文化遺産申請のため、保全復元の為苗木の増殖プログラム(ノルトライン・ウエストファーレン州森林局の林木遺伝・育種・増殖研究室;アルンスベルグ市)を始めています。2021年7月よりハシバミの1年枝を用い挿し木繁殖(発根促進、育苗法)を進めています。実験の結果、挿し木穂木の発根促進剤(Rhizopon)の効果が示されています。

 

■ かって日本大学の造園学研究室で、新潟西蒲原郡に広がる水田地帯に多く残っていたヤチダモを主とした畦畔木(ハザ木)について調査研究をしたこと(1982)、滋賀県琵琶湖東岸長浜市域農村のハンノキを主とした畦畔木分布調査(1987)を思い出しました。当時はこのような伝統的文化景観(農村景観)と緑(植物・植生)の保存・再生について殆ど関心・興味が示されず、両地域とも農業構造改善の波に消されていってしまいました。生物多様性、種保護、景観保全文化財保全などといったテーマが当時から取りざたされていたら、と思うことしきりです(勝野)。

 

3.Insektenschutz in der Agrarlandschaft

  農業地区における昆虫相の保護      (写真5枚、図4枚、表1枚) 

    ※Tagfalter auf Vertragsnaturschutzflaechen, Bluehflaechen und Anbaukulturen

       in der Hellwegboerde

 ※自然保護協定地区における蝶、農道路側に成立する野生草開花とそのしくみ

  

 種多様性が減少する中、昆虫、中でも蝶類を指標として状況を明らかにすることは農業地域での保護指針・施策を作るうえで効果があります。この報告では、自然保護協定地区における蝶、農道路側に成立する野生草の開花とそのしくみを明らかにしています。これまでに農業空間での農薬散布、化学肥料施肥のほか農地の形態の変化(区画整理事業など)により農村に合った小構造(叢林、ブッシュ、並木、草土手・農道など)の消失、耕作放棄等により動植物種が減少、生物多様性の喪失となってきたことが明らかにされてきています。そのため、これまでになくなってしまったものを復元する試みとして生態的耕作(oekologische Landbau)が行われるようになり、それに対応する措置、指針が生まれてきています。すでに農業空間における野鳥保護や双翅目昆虫については事例がかさねられてきています。ここでは農耕地の蝶類について耕作形態と合わせ検討しています。

 ヘルヴェークヴョルデ野鳥保護地は州東部のウエストファーレン低地からザウアーァンド山地に広がっており、農地は集約的に利用され、これまでに鳥類保護の営巣地・生物多様性地区として明らかにされており(2016,2018,2020,2021)、同時に蝶類の棲息と生物多様性に関する自然保護指針の機能・効果について調べてきています。また、パイロットプロジェクトとして色々な畑作作物同様マメ科野菜の関係についても調査しています(2001年から鳥類調査も)。これは欧州イノベーションプロジェクト(EIP;Europaeischen Inovationsprojekt)として農道路側(例えば作目別;冬撒きコムギ、飼料用トウモロコシ、ナタネ、ジャガイモ、サトウダイコンなど)における昆虫や他の生き物を調べます。また、営農者にたいし生産性を確保すると同時に生物多様性の理解者として生物生態センター(ABUSoest)と一緒に活動しています。2007年からはABUSoestと協働で文化景観プログラム(Kulturlandschaftsprogramm)として41,000haのうち4%(1600ha)を取得、その中で調査対象施策(粗放的牧野、野生草牧野など)を調べています。試験地では地元草種(Regio-Saatgut)播種や粗放牧野、野生草地(永続不耕作地)などとの関係、また不耕作地や広い畑縁辺部(12m以上)さらには除草剤、化学肥料を用いない地区も設定し調べています。調査は耕作種・草地種別で12タイプ、それぞれに5m×150m以上のトランセクト;146ヵ所設定、調査期間は5月~8月、時間は10~17時でした。  

 調査の結果、17種(1,633個体)が確認され、内677個体はモンシロチョウ科、3種は牧草地固有の種でした。飛翔地点では花の咲いてる場所(461個体)、永続的に作付け放棄の草地(329個体)、不播種放棄地(316個体)です。17種は北西ドイツの低地では少なく2010年の13-22種(自然保護地区の粗放的草地内)に似ています。

自然保護地区内の農耕地における作目、耕地での自然保護的取り扱い、指針対応比率の向上(5%から25%へ)を目指し、畑縁辺部、農道路側、なども含め進めることが重要です。

 ■ 農業地域において生産者(農家)と自然保護関係者が協働のプロジェクトで農地(農耕地;畑・牧野・採草地)の在り方、対処法による自然資源の状況などを把握し方向性を決める動き(調査研究)は傾注に値します。着実にデータを集め施策に展開する動きは見習うべきように思います(勝野)。

 

4.Die Fischdurchgaengigkeit der Lippe

  リッペ川の堰・魚道の現況       (写真11枚、図6枚、表2枚)

 ※Querbauwerke behinden Wanderungen der Fische

 ※堰は魚類の移動(遡上・流下)を妨げている

 

 ウエストファーレン、リッペ淡水魚漁協協会(Landesfischereiverband)は2016年-2019年間の魚類生息について調査し、同時に河川状況(堰や魚道、河畔状況)との関係を調べ課題を明らかにしています。

リッペ川は源流からライン川合流地点(ヴェーゼル;Wesel)まで220kmにおよぶ長い河川で流量は毎秒45㌧(中流域)です。上流および中流域は自然山間地および農村地域ですが、中流以降は人口密度も高い工業地域です。1980年代までに河川改修(堤、河床掘り下げ、堰など)が進み人工河川化が進行、生物生息的環境やその多様性は消失しました。

 2017-2019年の調査では48種の棲息が確認され、内34種が固有種、14種が外来種でした。特にSchwalzmaulgrunndel( )が多く確認されています。19世紀末では6種(外来)は確認されていません。河川の改善(再自然化など)が進んで最近15年来、海から戻る種(マス類)もあります。FFH種(Schteinbeisser)も回復、特に時間の経過とともに広い面積での再自然化事業により魚種も個体数も増加、とりわけ淡水域への鱈(Dorsche)の仲間の拡大は顕著です。

 リッペ川支流では、炭鉱排水河川との関係で問題があり、炭鉱排水路合流域” Haus Aden"では塩分濃度が高くRotaugenの生息密度が高いです。

ライン川合流域のヴェーゼル(Wesel)で魚腹部に発信機を埋め込み(VEMCO)中流域のシュトックム(Stockum)堰までの間、14地点で18か月調査し、短いもので150日間、長いものでは480日間送信していました。その結果、BrasseとNaseはともに84kmに達しています。どの種(5種;Brasse,Nase,Aland,Barbe,Doebel)もライン川からリッペ川に入って来ています。Rapfenはヴェーゼルから84kmのダール堰まで、Alandは50kmのハルテルン堰(2017年)まで遡上していました、2018年春ではNaseのみでした。84kmより上流域では体長15cm以上の魚は少なく、15cm以下の小さな魚が10ヵ所の堰(調査地点7ヵ所)を越えて生息していました。リッペ川では古い堰での魚道の効果(体長の大きい魚)に限られていることを示しています。

 

 ■ 古い堰の改善と魚道の取り付け場所、形態など自然復元(素材、規模、形態など)と合わせて十分再検討する必要があります。NRW州では、具体的、着実な現状調査(回遊魚と堰やダムと河川状況など)とこれまでの河川構造の対比により、今後のリッペ川流域での自然資源(水生生物、魚類など)と流域での在り方(堰など)、指針や施策づくりを考察しています。(勝野)

 

5.Neobiota  in Fliessgewaessern

  流水河川における生物種      (写真7枚、図11枚、表2枚)

 ※Nachweise im Makrozoobenthos und bei den Makrophyten aus dem

       Gewaessermonitorring des Landes NRW

 ※NRW州における水環境モニタリングから見た野生動物種(ベントス)の状況

  

 地域に本来生息しない動植物種(Neobiota)の拡大は人間活動の広域化や急速化などにより拡大しています。NRW州でも小川や河川で進んできており、水環境モニタリングの結果からも明らかになって来ています。

1492年のアメリカ大陸発見以後、大陸との往来が始まり動植物の種の活動は積極化してきました。郷土種、地域固有の種の考え方は、この時より始まったと言えます。

NRW州では、1970年代初めから多くの観測地点で動物のマクロベントス(土壌棲息、水生生物など)について定期的に調査が進められてきました。2004年までに水質調査が進み、2005年の欧州水資源基本指針(Wasserrahmenrichtlienie)に基づいて生態的モニタリングが進められ、1996年から既にそのデータ集積が行われてきています。NRW州では、これまでに2000ヵ所の調査地点が設けら、内955地点は流水域にあり、基本的に3年おきに計測され、データは州自然・環境・消費者省(LANUV)が管轄しています。ここ20年来のデータで、9.975地点(動物性大ベントス; Makrozoobenthos  A、8.191地点(マクロ評価;B Untersuchung der Makrophyten) が進められ評価されています。

Aについて; 35種認められている。流水域に生息するPotamopyrgus antipodarumは、州全域に及び、この種は19世紀から船に付着して拡大、同様に Jeara sarsiはライン・マイン・ドナウ運河航行の船舶に因るもの(1992年来)と考えられています。

Bについて; 種では14種、比率ではElodea2種(Elodea canadensis, E. nuttallii)と  Lemna1種 (Lemna minuta) が90%を占めています。浮草類(Limna)とカナダ藻類(Elodea)は、1859-1909年頃ベルリンの植物園から逸失拡大と考えられ、主として肥沃度のある静水域で生息してきています。浮草類(Limna minuta)はアメリカ原産で1973年頃侵入したと思われます。アクアリウム(魚類飼育など)発展に合わせ水草類は他種(アカウキクサ類ほか)も含め、拡大傾向にあります。

 

 ■ 日本でも同様に外来生物種の問題はありますが、この報告のように州独自で数千カ所の調査地点で2-3年毎に調査され、データバンク化されてきていることは環境保全行政(自然保護を含む)のなかで傾注すべき点です。それは、単に州レベルだけでなく連邦全州にわたって進められ、同時にEUの関連するプログラム、プロジェクト、指針に関連付けられていることは自明だと思われます(勝野)。

 

 

 ★調査報告者の名前と所属、問い合わせ先は17-1に示しましたが、内容で興味のある報告については、該当報告者のメールアドレスを参照してください。